PYRENOID GUIDE はじめてのピレノイド
ピレノイドとは?
ピレノイドは、多くの藻類や一部のツノゴケ類の葉緑体にある、CO₂固定酵素Rubisco(ルビスコ)が集まった構造です。CO₂濃縮機構の中心として、光合成による炭素固定を支えます。[1]
01 — STRUCTURE
ピレノイドの構造
緑藻のクラミドモナスを例に見てみましょう。上の電子顕微鏡写真では、Rubiscoが集まる中心部、その周囲のデンプン、内部を通る細い管を見分けることができます。模式図とあわせて、3つの部分を紹介します。[1]
マトリックス
Rubiscoが高密度に集まる中心部です。届けられたCO₂を有機物に取り込む反応が進みます。
デンプン鞘(さや)
中心部を囲む、板状のデンプンです。CO₂が外へ漏れにくい環境をつくり、周辺タンパク質の配置も支えます。
ピレノイドチューブ
光合成の反応が進むチラコイド膜につながる、細い膜の管です。内部でCO₂を生成し、マトリックスへ届けます。
模式図では、青がRubisco、灰色のひもがEPYC1、黄色がデンプン鞘、緑がチューブです。赤い点はCO₂ではなく、Rubiscoに結合する部分を表しています。ここで紹介した構造はクラミドモナスの例で、藻類によって形や構成が異なります。
02 — FUNCTION
なぜCO₂を集めるの?
RubiscoはCO₂が少ないと十分に働けず、酸素とも反応してしまいます。水中ではCO₂が広がるのも遅いため、そのままでは炭素が不足しがちです。そこで多くの藻類は、Rubiscoの近くにCO₂を集めるCO₂濃縮機構(CCM)を使います。[1]
クラミドモナスは、環境に応じてCO₂と重炭酸イオン(HCO₃⁻)の取り込み方を変えます。重炭酸イオンを取り込む場合の流れは、次のように整理できます。
- 01炭素を取り込む
輸送体がHCO₃⁻を運ぶ
- 02CO₂へ変える
チューブ内で酵素CAH3が働く
- 03Rubiscoに届ける
マトリックスで炭素を固定
周囲へ漏れたCO₂の回収には、LCIBなどのタンパク質が関わります。取り込む・運ぶ・変換する・漏れを回収する仕組みが協調して、ピレノイドへ炭素を供給しているのです。
炭素を集めるには、エネルギーも必要
CCMを動かすにはエネルギーが必要です。葉緑体で光を利用する反応と、ミトコンドリアの呼吸が連携して、炭素の取り込みやCO₂の供給を支えます。細胞全体の働きが、ピレノイドでの炭素固定につながっています。[1]
03 — PHASE SEPARATION
膜がなくても、
分子が集まる。
クラミドモナスでは、RubiscoがEPYC1というタンパク質にゆるく結び付けられ、液滴のような集まりをつくります。分子が濃く集まる領域と、薄く分散した領域に分かれる現象を相分離と呼びます。[1][6]
この集まりは固定された固体ではなく、分子が出入りできる動的な構造です。細胞分裂に伴って形を変え、次の細胞へ受け継がれます。その過程を支える仕組みには、まだ分かっていない点もあります。
液体のように振る舞うのは、主にRubiscoの集まるマトリックスです。ピレノイド全体を包む膜はありませんが、内部には膜からできたチューブがあります。[1]
相分離と生命の反応場を探る研究へ04 — EVOLUTION & APPLICATION
違う材料で、似た働きを。
系統の離れた藻類にも、Rubiscoの近くへCO₂を集める仕組みがあります。たとえばクラミドモナスはデンプン鞘を使いますが、珪藻の一部にはタンパク質の殻を使うものがあります。Rubiscoを集めるタンパク質も、藻類によって異なります。
別々の系統が似た働きを獲得することを収斂進化と呼びます。総説では、CO₂や酸素の量が変化してきた地球環境と結び付けて、炭素を集める仕組みの進化を考察しています。いつ、どのように獲得・喪失されたのかには、未解明の点も残っています。[1]
作物の光合成にも応用できる?
2025年の総説では、シロイヌナズナの葉緑体で、Rubiscoの集まりや周囲のデンプン、内部へ伸びる膜構造の一部を再現した研究が紹介されています。十分に働くCCMをつくるには、炭素輸送やエネルギー供給との統合など、課題が残ります。構造をつくることと、仕組み全体を機能させることの両方が研究されています。[1]
05 — QUESTIONS
よくある疑問
すべての植物にあるのですか?
すべての植物にあるわけではありません。多くの藻類に見られますが、陸上植物では一部のツノゴケ類に限られます。藻類の中でも、ピレノイドを持たないものがいます。[1]
ピレノイドとCCMは同じもの?
ピレノイドはRubiscoが集まる構造です。CCMは、炭素の取り込み・輸送・CO₂の供給や回収を含む仕組み全体を指します。ピレノイドは、その中心で炭素を固定する場です。[1]
ピレノイドがあれば、CO₂は集まる?
Rubiscoが集まるだけでは、十分なCCMにはなりません。炭素を運ぶタンパク質、CO₂をつくる酵素、外へ漏れにくくする構造、エネルギー供給などが協調して働く必要があります。[1]
06 — OUR RESEARCH
山野グループの研究から
炭素輸送とデンプン鞘の研究は、総説でも紹介しています。総説刊行後に得られた2026年の成果も、あわせて紹介します。
REFERENCES
もとになった総説と関連文献
基本的な解説と図は、文献1の2025年の総説に基づいています。2026年の成果は文献7を参照しています。
- 山野 隆志(2025)地球規模の炭素循環を担う藻類ピレノイド ~構造・機能・収斂進化の最前線~。Algal Science and Technology 18, 13–25. 総説PDF ↗ · 掲載ページ ↗
- 山野 隆志(2023)相分離するCO₂濃縮オルガネラとしての緑藻ピレノイドの理解。Plant Morphology 35, 3–8. 総説を読む ↗
- Engel et al.(2015)Native architecture of the Chlamydomonas chloroplast revealed by in situ cryo-electron tomography. eLife 4, e04889. 構造の原著論文 ↗
- Yamano et al.(2015)Characterization of cooperative bicarbonate uptake into chloroplast stroma in the green alga Chlamydomonas reinhardtii. PNAS 112, 7315–7320. 炭素輸送の原著論文 ↗
- Toyokawa, Yamano & Fukuzawa(2020)Pyrenoid Starch Sheath Is Required for LCIB Localization and the CO₂-Concentrating Mechanism in Green Algae. Plant Physiology 182, 1883–1893. デンプン鞘の原著論文 ↗
- Wunder et al.(2018)The phase separation underlying the pyrenoid-based microalgal Rubisco supercharger. Nature Communications 9, 5076. 相分離の原著論文 ↗
- Shimamura et al.(2026)A nuclear CobW/WW-domain factor represses the CO₂-concentrating mechanism in the green alga Chlamydomonas reinhardtii. PNAS 123, e2518136123. CBP1の原著論文 ↗
- He, Crans & Jonikas(2023)The pyrenoid: the eukaryotic CO₂-concentrating organelle. The Plant Cell 35, 3236–3259. 図1の作図参考文献 ↗