微細藻類が直面するCO2欠乏ストレス  シアノバクテリアやクラミドモナスなど水中に生息する微細藻類が行う光合成による一次生産は、地球上の光合成全体の約50%を占めることから、水圏環境下における光合成を理解することはとても重要です。
 水圏環境下における効率的な光合成にとって最も障害となるのは基質となるCO2の欠乏です。その原因として1) 水圏環境におけるCO2拡散速度の低下、2) CO2固定酵素RubiscoによるCO2の固定能が水圏環境中で25%ほどに制限される、3) RubiscoはCO2だけでなくO2と反応して光呼吸を行うことから、CO2の供給が限られる水圏環境の光合成においては,Rubiscoの触媒反応はCO2固定反応よりも光呼吸反応に傾きやすくなる、4) 植物細胞の葉緑体ストロマはpHが約8.0の弱アルカリ性の環境であるため,Rubiscoが基質とするCO2として存在するCiの割合が非常に低くなる、などが考えられます。
CO2濃縮機構(CCM)  光合成におけるCO2の欠乏ストレスに順化するために、植物はその進化の過程で細胞内にCO2を輸送・濃縮するシステムを獲得しました。光合成の炭酸固定に注目すると,植物はC3植物,C4植物,および多肉植物型光合成(Crassulacean Acid Metabolism: CAM)植物に分類されますが、イネ,ムギなどの農業上有用な植物を含めて、地球上の植物の多くはC3植物に属し、カルビン・ベンソン回路で大気中のCO2を固定して炭水化物へと変換します。RubiscoはCO2と反応するカルボキシラーゼ活性と競合して酸素と反応するオキシゲナーゼ活性も示すので、C3植物の光合成効率は決して高くありません。
 一方、トウモロコシなどのC4植物は、維管束鞘細胞と葉肉細胞からなるクランツ構造を利用したC4回路でCO2を濃縮することによって、Rubiscoのオキシゲナーゼ活性を排除しています。
 これに対して水中に生息する微細藻類は、5%程度の高い濃度のCO2を含む空気を通気して生育させるとC3植物型の光合成特性を示しますが、大気レベルの0.04%の濃度のCO2を含む空気を通気して生育させると、CO2が欠乏しているにも関わらず細胞は溶存無機炭素に対して高い親和性を示し、効率的な光合成を行うことができます。これはシアノバクテリアや藻類が、光エネルギーを用いて細胞外から能動的に無機炭素を細胞内に輸送し、Rubisco周辺にCO2を濃縮するシステムによることが知られており、CO2濃縮機構(CO2-concentrating mechanism: CCM)と名付けられています。C4光合成のような維管束鞘細胞と葉肉細胞の複雑な相互作用による有機酸の脱炭酸反応を介する濃縮経路とは異なり、CCMは細胞膜や葉緑体膜に局在する無機炭素輸送体を介した無機炭素の直接的な輸送によると考えられています。

    参考論文(クリックするとPubmedへのリンクあるいはPDFファイルが開きます)
  • Badger MR, Kaplan A, Berry JA Internal Inorganic Carbon Pool of Chlamydomonas reinhardtii: EVIDENCE FOR A CARBON DIOXIDE-CONCENTRATING MECHANISM. Plant Physiol. 66:407-13 (1980)

  • 福澤秀哉、山野隆志 二酸化炭素による転写調節機構−緑藻クラミドモナスのCO2濃縮機構 蛋白質核酸酵素50:958-965 (2005)